メキシコへ渡航するまで、あと一週間となりました。


そんな訳で、ブログの更新もますます遅くなっていますが、前回のつづきを書きたいと思います。


初めてメキシコへ行ったとき、滞在一週間ほどで、私は、メキシコで生活をしていけるのか不安になりました。

その不安の一つとして、メキシコでの社会性が、自分は皆無であることが原因でした。


そんな不安な気持ちを抱えていた矢先、私は、言葉も分からないうえに、知り合ったばかりのメキシコ人の若者二人と、グアナファトに出掛けることになりました。


その若者の一人・ダニーに、急遽誘われたものの、私は断ることが出来ず、内心ではあまり行きたいと思っていませんでした。

なぜなら、彼らとは知り合ったばかりだし、私は英語も苦手なため、どのようにコミュニケーションを取ってよいのか分からず、出掛けることに不安を感じていたからです。





*運転中のダニー。運転すると、口が悪くなります。何を言っているのかは分からないけど、暴言を吐いていることは分かります…。あと、恐ろしいほどにスピードを出します。加速するとき、十字をきってお祈りしながら、スピードを出します。なに?何のお祈り?死ぬ覚悟で運転をするのか!?と、毎回恐ろしくなります…。




当日の朝、ダニーが車で家まで迎えに来てくれました。


ダニーは、すでにノリノリで、挨拶とともに、私にチョコレートをプレゼントしてくれました。


この人、良い人…

私は物で釣られました。

チョコレートを貰い、この人良い人だなぁ、とすぐに思ってしまいました。


そして、私は車に乗り、ダニーと一緒に、もう一人の若者を迎えに行き、グアナファトへ行きました。


彼らと出掛けた結果、私が心配していたコミュニケーションの問題は、何の支障もなく、むしろ、その日は楽しい一日となりました。


長時間の車での移動の最中でも、彼らから頻繁に話しかけられることもなく、かといって、気まずい雰囲気でもなく、更に、私からも無理に話す必要もなく、コミュニケーションに気をつかう事はありませんでした。





*グアナファトで食事をしました。運転をするのに、お酒を飲んでいたことがとても気になりました…。私はメキシコ料理が苦手なので、ほとんど食べていませんが、二人はモリモリ食べまくっていました。ちなみに、食事代は私が夫から預かったお金で支払いました。この日、メキシコ人は遠慮という概念がないのだと知りました。





*食後、ダニーがご飯を食べすぎて、お腹がいっぱいで歩けないと言い出しました。そのため、背中を本気で押してあげている、という図です。グアナファトで観光している時間よりも、レストランで食事をしている時間のほうが長かったです…。この日、メキシコ人は先の事を考えて行動しないのだと知りました。





*日差しが強かったため、グアナファトで帽子を買うよう促されました。気に入った帽子がなく、あまり欲しくなかったけれど、ここでもNoと言えず…。欲しくない帽子(日本でかぶるのはちょっと…)を買った後悔を隠しながらの記念撮影。この日、私はNoと言える日本人になろうと決意しました。





夫によると、彼らは英語が苦手な日本人に慣れていて、世話好きな性分もあるとの事でした。そのため、私が英語を話せなくても、彼らは気にしないのだそうです。

また、私からすると、言葉もあまり通じない人と遊びに行って楽しいのだろうか?と思ってしまいますが、彼らにとってはそんな事は関係ないようで、楽しいらしいのです。


私はこの日、少しだけ、メキシコ人の気質を知ることができた事と、メキシコ人の友達ができた事を、とてもうれしく思いました。





*独立記念日のパーティーにて。ダニーの奥にいるのは、ダニーのパパです。パーティーでは、独立運動にまつわる劇のような事が行われ、とても盛り上がっていました。




グアナファトへ出掛けてから数日後、またもや、ダニーからお誘いがありました。独立記念日のパーティーをするとの事で、夫と私を誘ってくれました。


日本人の参加者は夫と私だけ、それに、メキシコの歴史も私は知りませんでしたが、私たちはパーティーに参加することにしました。


会場に着くと、ダニーの親族や友達、ご近所の方々が大勢いました。当然ながら、みんな、メキシコ人です。日本人は、夫と私だけでした。


メキシコ人にとって、独立記念日はとても大事な日で、盛大にお祝いをするのだそうです。会場にいる人たちを見ると、みんな気合いが入っているように感じられました。

各々、メキシコの国旗の色・赤白緑の何れかの色の服を着ていました。私と夫も、事前に赤か白、または緑の服を着てくるようにとダニーに言われていたため、私は赤色、夫は白色の服を着て行きました。


会場にいるメキシコ人たちを見ていると、私は、メキシコの歴史や文化も無知に等しい自分がこの場にいていいのだろうか…と躊躇いました。けれど、その心配もすぐに無意味だとわかりました。


その場にいたメキシコ人たちは、日本人である私たちのことを、全く気にする様子がなかったのです。そのおかげで、私も周囲を気にすることなく、パーティーを楽しむことができました。



*たくさんケーキが並んでいて、ダニーに「これが美味しいよ!」と教えてもらいましたが、私にはどのケーキも全部同じ味(ただただ甘い)に感じられました…。




しかし、パーティーの最中、メキシコでは定番のダンスタイムに、またもや私に試練が訪れました。


その試練とは、ダンスのお誘いでした。いや、お誘いというか、もう有無を言わさず、ダンスをしている輪の中に連れ込まれて行きました。


その時、私は夫に助けを求めるが如く、「あなたも一緒に…!!」と言いましたが、夫は笑顔で、「僕は踊らないよ!」と、あっさり私を見捨てたのでした。


え!?これ、断ってもいいやつ!?

私もダンスなんてしたくないけど、断ったら場がしらけるのでは!?

ていうか、ダニーも踊らないの!?


私はまたもや、Noと言えませんでした。

日本人は私と夫しかいないし、恥をかいてもメキシコ人だから大丈夫だろうと思い、覚悟を決めました。


学生時代、否応なしに体育でダンスを踊らされて以来のダンスでした。




*踊り方が全く分かりませんでした。とりあえず音楽と人に合わせて、見よう見まねで体を動かしました。踊れていたのか全く分かりません…。二曲ほど踊り、私は退散しました。



夫は面白がって、動画を撮っていました。

私は恥ずかしくて、その動画をちゃんと見ていません。

ちゃんと踊れていたのかは分かりませんでしたが、みんなが笑っていたので(踊りが滑稽だったのかも…?)、不本意ではあったものの、ダンスに参加して良かったと思いました。



初めてメキシコへ行ったとき、滞在期間は二週間でした。その短い間で、メキシコ人とこんなにも交流するとは考えてもいませんでした。


メキシコ人との交流によって、私は、言葉が通じなくても、コミュニケーションはとれるという事と、友達もできるのだという事を、身を持って知ることができました。


私はメキシコでの生活が不安で、メキシコで社会性を身につけるにはどうすれば良いのだろうかと考えていましたが、それは、難しいことではなかったのです。


不安を抱えていた私が、そのように思えたとき、私は夫に感謝しました。一人では何もできない私が、メキシコ人と仲良くできたのも、夫が今までメキシコで生活して培ってきたモノのおかげなのだと思います。

あぁ、それなのに、そうそうに弱音を吐いてごめんなさい…!


流れに任せて、メキシコ人の中に飛び込んで行く。これで、少しは社会性が身につくのではないかと思います。


とはいえ、メキシコでは私は一人で何もできないのだから、社会性がなくてもそれはそれでいいか!一生住む訳じゃないしね!と、最近では開き直っています。




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